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zoom RSS 歌登町営軌道

<<   作成日時 : 2010/09/24 22:52   >>

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 歌登町営軌道は、まず、1929年12月に小頓別〜幌別六線(歌登)間(19km)が開通しました。(開通式の様子枝幸町デジタルミュージアムより)←有り難いことに、枝幸町デジタルミュージアムには軌道の現役時代の貴重な写真が多数惜しげもなく公開されてます。)
 翌年にはオホーツク海に面する北見枝幸までの35kmが開通し、その後、1933年には志美宇丹に通じる幌別線が、1935年には本幌別線が開通し、総延長は58kmにもなりました。しかし、1950年に歌登〜枝幸間と本幌別線が廃止となり、またその後、国鉄美幸線計画が本格化したことに伴って、1969年5月に幌別線が廃止され、最後まで残っていた小頓別〜歌登間も、1970年11月に廃止となりました。
 今回は、そのうち、小頓別から歌登までをサラッとなぞってみました。
(2010.8.9撮影)

 まずは、起点で国鉄天北線(1989年4月廃止)との接続駅「小頓別」駅前から。駅前のロータリーは健在です。
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 よく見ると、奥に橋がかかっていて川があるように見えますが、実はここが天北線跡となってます。天北線跡を掘り込んで用水路にしたそうで、廃線跡の変遷にもいろいろあることがわかって勉強になります。

 用水路側(国鉄小頓別駅舎側)からロータリーを眺めると、左奥に茶色の建物があることに気づきます。
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 その茶色の建物が天北線の代行バスの待合所になってます。
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 それで、その建物をよく見ると、国鉄の名残の駅名版がさりげなく掲げてありました。なんとなく得をしたような気分です。
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 歌登町営軌道は、小頓別を出るとすぐに頓別川の鉄橋を渡ります。昔はガーターが残っていたのですが、今では撤去されて橋台のみとなってます。この少し先に毛登別のトンネル跡があるはずなのですが、夏とあって藪のなかに隠れていて発見できませんでした。
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 でもって、一気に歌登駅跡へ。中央のかまぼこ型の赤い屋根の建物が歌登町営軌道の車庫跡です。今でも現役で使われているようです。
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 歌登から志美宇丹方面へ約7km行くと、うたのぼり健康回復村の入口があります。そこを健康回復村へ少し入ると、かつて軌道で活躍したディーゼル機関車が保存されています。
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 健康回復村入口のほど近くに、国鉄美幸線(未成線部分)の築堤がありました。歌登〜志美宇丹を結んでいた幌別線の跡でもあります。
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国鉄美幸線
幌延町営軌道(問寒別線)

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