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zoom RSS 国鉄世知原線

<<   作成日時 : 2011/10/21 00:14   >>

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 国鉄世知原線は、松浦線との分岐駅「肥前吉井」から「世知原(せちばる)」までの6.7kmを結ぶ産炭地域の盲腸線です。その点では、山を隔ててお隣の柚木線と似たもの同志という感じです。柚木線同様、炭鉱が閉山となって衰退し、1970(昭45)年12月25日に廃止となりました。
(訪問・撮影は2010.9.4です。)

 まずは、起点の「肥前吉井」駅から。といっても、1988年4月に松浦線が松浦鉄道となった際に、肥前がとれて「吉井」駅に改称されています。
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 かつて石炭を積んだ貨物が行きかったであろう吉井駅の構内は、さすがにやや広めのつくりです。
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 古い写真でみた感じでは、世知原線のホームは奥のこちらのようです。世知原線の線路があったと思われる場所は、今は木が植えられていたりして、整地されているようです。
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 そうこうするうちに松浦鉄道の佐世保行きがやってきました。
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 すぐに伊万里行きもやってきて、交換風景をみることができました。
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 世知原線跡は、柚木線跡と同じく、大体が自転車道になっていて追いやすいです。
 唯一の中間駅「祝橋(いわいばし)」駅に到着です。ホームが残っていてうれしい限りです。
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 駅前には、バス転換後のバス停がありましたが、こちらも結構年季が入っている感じですね。
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 祝橋から世知原方向に少し進んだ地点です。きれいな自転車道になっているのがわかります。逆に線路や枕木が落っこちている可能性もないということでもありますが・・・。
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 もうすぐ終点というところで、自転車道が当時の橋を渡っている地点がありました。
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 橋の上の自転車道を撮ってみましたが、普通の道にしか見えませんでした。
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 終点世知原駅跡は公園に整備されていて、動輪がモニュメントとして置いてありました。
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 廃止1年後の1971(昭46)年12月25日に、門司鉄道管理局から寄贈されたものだそうです。
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 世知原駅から、さらに先に松浦炭坑があったそうで、トロッコに石炭を積んで世知原駅まで運んでいたそうです。そのトロッコが通った橋が残っていました。
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 世知原駅跡の近くに「世知原炭鉱資料館」があり、世知原線の貴重な資料があるはずなんですが、今回は時間の関係で行けませんでした。次回は必ず行きたいところです。

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 国鉄臼ノ浦線は、佐々〜臼ノ浦の3.8kmを結ぶ松浦線の支線のような盲腸線で、柚木線や世知原線から運ばれる石炭を臼ノ浦港に運び出す役目をしていたそうですが、炭鉱の閉山によって、1971(昭46)年12月25日に廃止となりました。 ...続きを見る
かなや
2011/10/31 23:15

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