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zoom RSS 茅沼炭鉱軌道

<<   作成日時 : 2012/05/15 22:51   >>

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 1869(明2)年に開通した日本最初の軌道ということで有名ですが,「全国鉱山鉄道(岡本憲之)JTB刊」によると,生野銀山も明治2年に鉱山鉄道が敷設されたそうですから,月日までわかりませんので,どちらが古いのかはわかりません。
 生野銀山は史跡としても有名ですし,観光施設も整備されていますが,茅沼炭鉱の方は何もない寂しい状況でした。結局「鉄道廃線跡を歩く\(宮脇俊三編著)JTB刊」の記事をトレースしただけになってしまいました(毎度のことですが)。

 茅沼炭鉱は道内最古の炭鉱(1856年)でもあります。日米和親条約に基づいて,アメリカの蒸気船のために,茅沼から函館まで船で石炭を運んでいたそうです。
 
 まずは茅沼炭鉱のズリ山から。手前の導水管が軌道跡だそうですが,1931(昭6)年廃止ですから痕跡を見つけるのは無理というものでしょうか。
 
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 ズリ山を右手にみながら,軌道の終点と思われる地点へ。北海道の山は熊が怖くて入りづらいです。
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 終点付近にあった工事の標識には「茅沼鉱山」とありました。
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 炭鉱跡から海岸へ降りて行く途中にある三菱茅沼寮。前の道路が軌道跡ですが,もちろん痕跡はなし。
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 海岸まであと200mくらいの海が見えるところまで降りてきました。恵比須神社がなかなかいい味を出していますが,この前を軌道が通っていました。
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 恵比須神社横の茅沼バス停。この前を軌道が通っていたとはわかっていなければ想像しづらいですね。
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 バス停と神社から山の方向を見るの図。軌道跡は道路になっています。
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 海岸方向を見ると,神社前を通る軌道跡は海岸までまっすぐに続いているのがわかります。
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 玉川を渡って対岸から神社を見てみました。天気がいい所為かのんびりした雰囲気です。
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 国道229号の下を通って海岸へ出て,山側を振り返った図。
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 海の方を見ると「茅沼船入澗(かやぬまふないりま)」に出ます。
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 石炭を積み出していた同時代に存在したと思われるニシンの袋間跡の石垣もありました。
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 石炭は,石炭運搬船が沖に待機して,艀で海岸から運搬船に積み出していたそうです。今の茅沼船入澗付近一帯は,当時は「茅ノ澗(かやのま)」と呼ばれていたそうで,明治大正期の北海道写真目録の「茅ノ澗石炭積出図」では,文字どおり石炭を積み出している様子が描かれていますが,積み出しているのは,下の写真の玉川の河口付近からのように見えますがどうでしょうか。
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 泊漁港のほとりにある「鰊御殿とまり」の旧川村家番屋の2階に茅沼炭鉱のコーナーがあり,炭鉱や軌道の歴史がわかりやすくまとめられています。
 茅沼炭鉱軌道の現役時代の線路の写真や,昭和2年に導入された小型蒸気機関車2台の写真など,小さなコーナーではありますが,なかなか見ごたえのあるラインナップが並んでいます。
 下の写真は旧川村家番屋です。2階の左手の部屋に茅沼炭鉱コーナーがあります。
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 隣の旧武井邸客殿もなかなかの豪華さでした。
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 なお,岩内町郷土館には,「茅沼炭鉱で使用された日本最古のレール」と銘打ったレールが展示されていますが,茅沼炭鉱軌道のレールではなく,坑内軌道のレールであり,最古の根拠についても,レールが発見された坑道の掘削時期からの推定のようです。もちろん一見の価値はありますが。

 また,茅沼炭鉱軌道の参考文献としては,牛沢信人北大名誉教授(故人)の
茅沼「はじめての鉄道」論争(北海道大学工学部研究報告)という文献が正確かつエキセントリックな文章で面白いです。

(曇りの写真は2008.8.30撮影。晴れの写真は2012.5.21撮影。撮影日の間が空きすぎていて,神社前のバス停の名前が「茅沼」から「茅沼分岐」に変わってます。)

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