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zoom RSS 標津線(中標津〜標茶)

<<   作成日時 : 2015/06/07 22:55   >>

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 標津線の第二弾です。(2015.5.5撮影)
 ↓他の区間はこちらをご覧ください。
 標津線(根室標津〜中標津)
 標津線(厚床〜中標津)


 標津線は1989年4月29日廃止。昔の写真の画質についてはご容赦ください・・・。

 中標津駅跡。右の建物がバスターミナルの裏側。広い構内だったことがよくわかります。
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 ひとつ標茶側に向かって、当幌駅跡です。バス停になってました。
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 駅前広場は特に何もありません。
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 中標津側を望むと線路跡の空間は空いているようでした。
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 お次は開栄駅跡に向かいます。開栄駅跡から当幌方面をみると標津線の跡がなんとなくわかる感じです。
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 開栄駅跡。鉄道の痕跡すら探すのは難しい・・・。
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 ほぼ同じ角度から撮った現役時の開栄駅。小さな駅でした。(1989.4.29撮影)
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 開栄駅を後にして標茶へ向かう列車。(1989.4.29撮影)
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 次は計根別駅跡へ。かつて駅舎だった場所は道路が貫いてしまってました。
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 かつての計根別駅。道路になってしまいました・・・。(1989.4.29撮影)
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 かつて計根別駅のホームだったあたりから開栄側を望む。左側の倉庫の土台は駅の痕跡に見えますが・・・。
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 計根別駅は1986年11月まで行き違い可能で貨物ホームもあったので、なかなかに構内は広いです。正面の計根別農協の2階建ての建物は標津線現役時から変わってないのがうれしいところ。
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 現役時の計根別駅。農協の建物を基準に見るとわかりやすいかも。(1989.4.29撮影)
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 お次は上春別駅跡へ。なんとホームが残っているのがうれしいですね。
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 さらに進んで西春別駅跡へ。ここは最後まで行き違い可能駅で今でも別海町鉄道記念公園として整備されてました。写真正面の鉄道記念館には標津線関連の資料が展示されてます。
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 別海町鉄道記念公園のデゴイチは標津線ではなくサハリンで活躍したものとのこと。
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 当時の車両も保存されてました。ホームはレプリカでしょうが、駅名標はどうなんでしょう。
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 西春別駅の交換風景。いい時代でした・・・。(1989.4.29撮影)
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 西春別を後にして、光進に向かいます。光進駅跡もホームが残っていてくれました。
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 次は泉川へ向かいます。泉川駅の少し手前には西風連川を渡る橋梁が残されてました。
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泉川駅跡は残念ながら道路が貫通しているパターンの方でした。
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 しかし実は道道830号の標識には「泉川駅 0.1km」が残ってました。ありがとうという感じです。
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 お次は標茶のひとつ手前の多和へ。駅跡は牧場に取り込まれてました。駅跡は2頭の牛さんの向こう側あたりでしょうか。よく見ると左端の牛は標津線跡の築堤の上でくつろいでます。
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 最後は終点標茶です。こちらはまだまだ現役です。
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 標津線はいちばん手前のホームから出てました。今でも標津線起点の標柱が健在です。
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標津線(根室標津〜中標津)
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 標津線シリーズの最後ということで。  ↓こちらもご覧くださいませ。  標津線(根室標津〜中標津)  標津線(中標津〜標茶) ...続きを見る
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2015/10/13 20:56

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