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<<   作成日時 : 2015/10/29 22:42   >>

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 根北線は1957(昭32)年11月、斜里〜越川間開業。1970年11月廃止。戦後の北海道では胆振線の京極〜脇方間に次いで2番目に廃止された国鉄線です。
 今回は終点越川側から斜里(現・知床斜里)に向けて探索して見ました。(2015.9.20撮影)

 根北線の歴史は知床博物館のHPに詳しいですが、知床博物館では、越川駅の駅名板の実物が飾ってあったり、1970(昭45)年に放映されたNHK新日本紀行「ある廃線」のダイジェスト版が視聴できたりして、なかなか力が入ってます。

 まずは有名な越川橋梁から。越川橋梁は長さ147mの10連アーチとして1940年に完成しましたが、間を国道244号が通ることになって、1973年に橋脚2本が撤去されて分断されました。
 終点の越川から幾品川を渡った根室標津側の橋脚です。
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 こちらは幾品川より越川側の橋梁です。
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 越川橋梁から根室標津側は、1940年まで工事をしていましたが、今では国道244号の岩魚橋の下流側に土管が、上流側に橋脚3本が残っているのみとのことです。岩魚橋には行ってみましたが、残念ながら森林や雑草で覆われていて確認できませんでした。知床博物館発行の「郷土学習シリーズ第20集 斜里・知床の近代化遺産」に土管と橋脚3本の写真が掲載されてますが、冬に撮ったもののようで、今回は残念でした・・・。

 さて、終点の越川駅跡ですが、写真の真ん中の盛り上がったた部分が築堤であることは間違いなく、越川駅跡は奥の林の中あたりのようなんですが、近づくことは難しいということで、ここで断念しました。
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 お次は下越川駅跡へ。地図的に、この道が駅前道路といっていいあたりなんですが、畑が広がるのみでした。
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 お次は行久科駅跡へ。斜里岳を正面に見る駅前通りは畑の通路として健在でした。
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 ここで例によって古くて見づらい写真を2枚。1989年9月の行久科駅の駅舎です。畑の中に健在でした。
 こちらはホーム側。
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 駅正面側です。1998年に取り壊されたとのことです。
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 さて、起点の斜里の手前の釧網本線との分岐点です。右側の線路が釧網本線、左側の道路が根北線跡です。(斜里から行久科側を望む。)
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 この踏切から斜里駅側を望むと根北線の跡が草むらの道床として続いているのがわかります。
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 起点の斜里駅(現・知床斜里駅)に到着。
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 知床斜里駅から行久科側を望む。
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 斜里町立知床博物館には、根北線だけでなく、殖民軌道斜里線の展示やパンフもあって、この手の博物館にしては珍しく鉄道関係が充実してますのでお薦めです。

 なお、根北線の現役時代の写真は「昔日の北海道」様に詳しいですし、岩魚橋の土管と橋脚は「鉄道廃線寮」様に載ってますので、ご参考までにどうぞ。

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