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zoom RSS 国鉄松前線(その1)

<<   作成日時 : 2011/08/15 00:32   >>

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一応、松前線のプロフを。(いらないような気もしますがお約束で)
1937(昭12)年10月木古内−渡島知内間開通。
1953(昭28)年11月松前まで50.8km全通。
とはいえ、戦中は松前−大島(原口)24.0kmの延長工事は結構進んでいたっぽいです。(戦後事実上放棄)
1988(昭63)年2月廃止。

まずは木古内から松前まで各駅停車で跡をたどってみました。
(撮影は注記がない限り2011.8.13〜14です。)

木古内は北海道新幹線の駅になる予定ですから、将来的に駅舎も改築や増築などあるんでしょうか。
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木古内の次の森越へ。
森越の駅前通りは看板があるのでわかりやすいです。
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森越駅跡は道のつきあたりの藪の中にあったはずなんですが、跡らしきものは何もありませんでした。
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森越から渡島知内の間には随所に跡が残ってます。廃線跡が森越駅跡からあぜ道のように続いてきてます。
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そのあぜ道から振り返って松前側を見ると築堤が残っています。松前線跡は築堤は結構残ってるんですが、基本的に遺跡的なものは少ないです。(燃えて山の中に分け入ればいろいろあるようですが・・・)
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築堤は渡島知内駅にほど近いところまで続いています(撮影2010.3.6)。3月だとわかりやすいです。
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渡島知内駅に到着。
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現在は函館バスの知内出張所になってます。
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渡島知内を出て、次の重内(おもない)駅跡に到着です。沿線では、重内と白符の2つの駅舎が残ってます(といっても待合室ではありますが)。待合室跡は今は地元の会社の建物として使われているようです。
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重内駅から松前側を望む。築堤は結構残ってます。
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知内町立郷土資料館には、松前線関連のコーナーがあります。結構内容は濃ゆいです。重内乗降所の写真がいい感じです。(撮影は3枚とも2010.3.6)
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重内の次の駅は、急行松前(1968.10〜1980.10)も停車した湯の里駅です。残念ながら駅前広場の跡しかありませんでした。集落自体は湯の里より知内の方が全然大きいのですが(役場や農協も知内駅からすぐのところにある)、急行松前はなぜか渡島知内は通過して湯の里には停車してました。
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湯の里の次は千軒(せんげん)駅です。こちらも駅前広場らしきものが残っているだけでした。
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千軒駅前広場から松前側を望む。季節的なものもありますが、松前線跡はすっかり草に覆われています。
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千軒駅から木古内寄りに少し歩くと千軒神社がありました。
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神社の隣の敷地には、千軒小学校と中学校がありましたが、中学校は1997年、小学校は2004年にそれぞれ廃校になっています。今は体験交流館という位置づけのようです。

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どうしてこう昔の校舎ってかっこ良いんでしょうか。
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千軒の次の渡島福島から終点松前までは「国鉄松前線(その2)」でどうぞ。

ちなみに木古内から千軒までの現役時の駅舎の写真が「さいきの駅舎訪問」様の「廃止路線の駅舎・松前線その1」にありますのでぜひご覧ください。

国鉄松前線(その2)
国鉄松前線(未成線)

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