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zoom RSS 標津線(根室標津〜中標津)

<<   作成日時 : 2015/05/10 02:50   >>

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 標津線は1937年10月全通、1989年4月廃止。1925(大14)年から敷設のはじまった殖民軌道根室線がルーツの歴史ある路線です。(2015.5.5撮影)

 ↓他の区間はこちらをご覧ください。
 標津線(中標津〜標茶)
 標津線(厚床〜中標津)

 まずは根室標津駅跡から。
 駅前通り。残念ながら駅舎はなく、道路が貫通してます。
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 在りし日の根室標津駅。標津線最終日の1989.4.29撮影です。(写真の保存状態悪すぎ申し訳ない・・・。)
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 駅跡は公園になっており、終点らしく、ひたすら広い。
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 唯一の名残は転車台。標津町指定文化財になってました。
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 転車台から駅を望む。廃止翌日の1989.4.30撮影です。根室標津駅にも保存車両があったことがわかりますが、今いずこ・・・。
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 根室標津駅の近くの標津町文化ホール前の広場には、かつて標津線で活躍した「C12 224」が保存されてました。
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 さて、根室標津から1駅行って、川北駅跡です。現在は川北ふれあいセンターの駐車場です。保存車両だけが変わらず頑張ってます。
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 1989.4.30撮影の川北駅跡(廃止翌日なので敢えて「跡」ということで)。周囲の様子はすっかり変わってしまいました。
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 お次は上武佐駅跡へ。手前の茶色の標柱にある「遥かなる山の呼び声」は「幸福の黄色いハンカチ(1977年)」の3年後の制作ですが、幸福の黄色いハンカチの前振り的なストーリー展開とのこと。
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 1989.4.29撮影の上武佐駅。味のあるいい駅でした。右端のコンクリ電柱は上の写真の右端のものとおそらく同じかと思います。
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 駅跡は何もないかと思ったんですが、嬉しいことにホームが残ってました。場所的に貨物用の方かと思います。
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 大体同じアングルで、1989.4.29撮影。
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 次は標津線最大のターミナル駅、中標津駅跡へ。中標津町交通センターとなっており、今でも交通の要衝です。交通センター内には標津線資料室もあります。
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 上武佐にもあった映画の聖地を紹介する茶色の標柱ですが、中標津にも「家族」がありました。「家族」は昭和45年山田洋次監督。上武佐のように別途内容の書いた看板がないとわからないですよね。私もネットで調べてやっとわかりました。
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 現役時の中標津駅(1989.3.30撮影)。広い構内を持つ地域の中心駅でした。
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 最終日の中標津駅(1989.4.29撮影)。
 厚床行き。
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 標茶行き。
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 最終列車を待つ夜の中標津駅。
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 標津線最終列車の到着。
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 中標津町交通センターから徒歩15分ほどの中標津町郷土館には、標津線で活躍した「C11 209」が展示されてました。
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 昔の写真はもちろん自分で撮影したものですが、ネガを紛失しており、保存状態の悪い写真をスキャンするしかないということで情けない限りです・・・。

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2015/10/13 20:56

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